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after party night

ジャニーズWESTと出戻ってきた日々のあれこれ

ジャニヲタ文芸部 第0回お題「担当」

読んでいて、書きたくなったので発案者様書かせてください。
発案者様の以下の記事を参考にしています。


高校の時に枕草子が好きだったことと、江國香織さんのエッセイが好きだったので、随筆に挑戦します。
誤字、随筆っぽくないというご意見あるかと思いますが、甘めに見ていただけましたら幸いです。

以下、投稿文です。


 「担当」


最近この界隈でよく話題になっているものの一つである。
ああでもなければ、こうでもないと人それぞれに担当の概念は違うため読んでいてとても面白い。
この界隈にいる時からこの用語はあるので、慣れ親しみがあり、自己紹介の際に大層使いやすいと思っていたがよく考えてみるとなぜ「ファン」「推し」ではなく「担当」なのであろうか。


担当。
そういえば、この用語は仕事場でもよく使われる、呼ばれるものの一つだ。
「○○の担当の方いらっしゃいますか」
「○○の担当の佐伯さん」
私の仕事場では業務毎に一人しか担当がいない。だからこそ、○○の事は責任を持って私が、という概念がとても強くなったと思う。
業務の事は常に考えているし、私でなければ答えられない事も多々ある。
私が守ってやらなければこの業務を誰が守ってやるのだ、という気持ちになる。


この界隈の担当も同じ気持ちに確かにさせられる。
担当という言葉の紡ぎは私に責任感を与える。
「○○の事は私が守らなければ」
守らなくても、彼は22歳のいい大人で、家族もいれば恐らくたくさんの友人も麗しい彼女もいて、頼もしい仲間もいる。
それでなくとも古くから応援している方もいるのに、なぜかまだ守らなければと思ってしまうのだ。
担当という言葉のなせる技かもしれない。


私は何から彼を守ろうとしているのだろう。


仕事の話に戻るが、私は担当の業務を守るために意見も出せば、取り仕切る事も行う。
担当業務をよりよく行えるために、注意もするし改善提案も出す。


「彼」に対しては、意見もなければ取り仕切る事もない。注意することもなければ、改善提案を出そうとも思わない。
それはしたくない事でもある。
くだらない、と笑われるかもしれないが「彼」が万が一この塵紙の裏にある文を読んだなら、たかが私の一文を読まれるのなら、その時は「彼」が嬉しいと感じる文でありたいからだ。


例えなにがあっても、私の手でその顔を曇らせることはしたくない。
だからこそ、好きでもなにもできない。
好きでもなにも口にすることができない。
何からも守れないけれど、なにもしないことで守られることもあるのだと思う。
「彼」を傷つける全てのものから守りたいけれど、それはきっと別の人の役割。


担当になると、機嫌が悪い?とか今日は顔色悪い?とか、そんなことばかり昔から気にしてしまう。
今、好きな彼はそんなすぐに顔に現れない。
傷ついている顔を見せない人だ。
そんなこともわかっているのだけれど、「担当」だからこそ、守ってやらなければと願う存在だから癖になってしまっている。



「担当」とは恐ろしい呪縛の用語だ。
よく考えるものではない。